世界遺産 一万年の叙事詩 2
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シリーズ最終章が始まってしまい、慌てて見てない第4集以降を見ています。

第4集は、「世界宗教 祈りの力がもたらしたもの」。
3大宗教、仏教、キリスト教、イスラム教の宗教関連施設の中から2つの世界遺産を取り上げています。

この3つのうち、一番最初に興った仏教の世界遺産「伽揶山海印寺」。
802年創建の韓国仏教の聖地だそうです。
仏の教えである経を全て集めて作成された八万大蔵経の8万枚の版木を有することから法宝寺刹と呼ばれています。
経典1ページに1枚存在する版木は、一文字間違えたら全てやり直しとなる。
それを8万枚も作成したのだから、当時の人々の信仰心の厚さは私には想像も出来ない。
紀元前6世紀にインドで興った仏教は、紀元前3世紀のアショーカ王の時代に隆盛を極めるがその後インドでは衰退し、やがてヒンドゥー教に取り込まれる。
仏陀は、ヒンドゥー教の3大神の1つであるビシュヌの化身のひとつとなる。
仏教は東に伝搬し、紀元6世紀には遠く日本にも伝わる。

では、なぜ西には広がらなかったのか。
松岡正剛氏は、欧州哲学の伝統としての「真空恐怖(バキューム・ホラー)」が仏教の無や空という思想と折り合わなかったからではないかと推察する。
また、キリスト教のように宣教師が存在せず、布教より己に向き合う方が強い宗教であったから、とも。
確かにそうかも。加えて、西にはキリスト教、イスラム教と言う2つの強烈な一神教が存在しています。
それら2つの前には、特定の神を奉るのではなく、自己完結型の宗教はあまりにおおらか過ぎてインパクトが弱かったのかもしれないというのが私の想像です。

番組ではサーンチーのストゥーパも紹介されていました。
ストゥーパは仏陀の遺骨(仏舎利)を納めた墓のことで、アショーカ王の時代に8万以上も作られています。
インドではこんもりお椀を伏せたような形ですが、東に行くにつれ塔の形に変化してゆきます。
↑トップの画像は、ワーラーナシーのサールナート遺跡にあるストゥーパの壁面の装飾です。
アショーカ王時代のものなので、紀元前3世紀ごろ、今から2300年以上も昔の遺跡です。



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もう1つ取り上げられたのは、シリアにある世界遺産「クラック・デ・シュバリエ」。
キリスト教とイスラム教の聖地を巡る衝突が生んだ世界遺産、十字軍の要塞です。

常時2000人が生活をしていたという要塞には、篭城に際しての5年分の食糧を保管する倉庫や、城内の人々のためのパンを焼く大窯、礼拝堂、ホール等があり、内部はゴシック調で一部には当時の装飾が残されている。
難攻不落だった城は、13世紀にイスラム軍の偽の手紙で落城する。
以後、礼拝堂はモスクとなり、イスラムの前線基地となる。

東ローマ帝国皇帝の救援要請で教皇ウルバヌス2世が異教徒からの聖地奪回を目指して呼びかけた十字軍だが、内情は純粋な宗教的熱情による遠征軍だけではない。
イスラム側は、宗教的な戦さを挑まれたのではなく、ただの侵略という認識だったようだ。
教皇、皇帝、十字軍に参加した領主、騎士、それぞれの世俗への思惑が絡み合っての聖地奪回運動であった。
しかしこの約200年続いた十字軍遠征の結果、医学・文学・哲学・数学等、当時最先端のイスラムの知恵がヨーロッパにもたらされる。
それがルネサンスに繋がり、近代ヨーロッパの礎となる。

祈りの力は、8万枚の版木を生みだす一方、何百年にも渡る戦争も引き起こす。
しかし、それでも信仰が絶えることはない。
華恵さんの、「争いを生みだすものだとしても宗教は無くならない、むしろ無くなりようがないもの。答えは出なくても考える意義はあると思う」という最後の言葉、同感です。

今回の世界遺産も2つとも知りませんでした。
この番組、意外なものを見せてくれるので本当に面白い。次回のルネサンスも何を取り上げるのかとても楽しみです。早く見なくちゃー。
by ruki_fevrier | 2011-08-14 14:01 | 日々 | Trackback | Comments(0)
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